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も の は 綺 麗 に 微笑む 時宜を得ず、榎木津さんは留守なのだそうだ。すみませんねぇ、タイミングが悪くってあの人は、と出迎えてくれた和寅さんは困ったような、でも少しだけ愉快そうに言って笑う。きっと榎木津さんが居ないところでこうやって陰口を叩くのが彼なりのストレス解消法なのだろう。夕も近いし、きっとすぐに戻るだろうと高を括って、暫し待たせてもらうことにした。特に大した用はないのだけれど。 丁度良い濃さに淹れられた緑茶と、貰い物だというカステラを戴いて、いつ聞こえるか知れない榎木津さんの足音を待つ。水場へ引っ込んだ和寅さんと入れ違いで、丁度お仕事から帰ってきた益田さんが私の話相手をしてくれていた。まだあまり親しくしていないのと、私が階段の足音に気をかけすぎで、度々沈黙が落ちてしまう。その度に益田さんは唐突に、いろんな薀蓄を話してくれた。或る魚の美味しい食べ方や、最近起こった事件の真相、など、など。けれどそれでも余りに私の気が漫ろだったせいか、ついには益田さんも諦めてしまったようだ。いつの間にか部屋の中は時計の音だけが響いていて、益田さんはぼんやりと湯飲み(和寅さんは出涸らしだと言っていた)を弄んでいる。それに気がついて少し申し訳なく思い、「このカステラをくれた方は、榎木津さんのことを良く知らない方なんですね。憤ってる榎木津さんが目に浮かびます」なんて話をした時だった。階下で僅かに足音がして、どきりとしてドアを振り向く。慎重に聞き定めようとして、けれど次の一歩の足音は私のすぐ後ろでソファが擦れる音に掻き消されて聞こえなかった。ソファが沈み、髪がぐっと後ろに引かれる。顎が上を向いて、喉が反り返る、苦しい。「そんなにあのおじさんが好きなんですか?」すぐ目の前に、逆さまになった益田さんの切れ長の目があった。少し長めの前髪が、顔に影を作る。「酷いなァ、僕の話殆ど頭に入ってなかったでしょ?」益田さんは細い目を更に細くして笑って、息がかかるくらいに耳元近くでそう言って、「っ、い、た、」私の耳介を、噛んだ。 「何か悔しいから、お仕置きってやつです」 益田さんが私の髪を放して、元通りソファに沈んで湯飲みを掴むのと、買い物袋を提げた和寅さんが不便そうに扉を押し開けて入ってくるのは殆ど同時だった。これ以上榎木津さんを待っても居られなくて、腰を上げようとした私に、益田さんが言う。「あれ?もう帰っちゃうんですか?折角ここまで待ったんだから、まだ居ればいいですよ。ねぇ和寅くん」思わず耳の、噛まれた場所に指を置く。益田さんがにこりと笑う。熱くて、痛い。 |