ある日私は脳だけで存在していた。体と呼べる物はなく、敢えて言うならば私の 脳から伸びた何本もの線の先のコンピューターが一時的に体と呼べたのかも知れ ないが、とにかく私の、私たる物といえばその時は脳しか存在しなかった。




思えば脳だけの私はそれで何不自由なく過ごしていたように記憶している。物理 的に存在するための養分は周りに十分満ちていたし、行こうと思えばどこへだっ て行けた。ネットの海が私のエリアだった。




その時の私が何故脳だけの存在だったのかは記憶していない。脳だけの存在だと いうことすら殆ど忘れかけて日々を生きていたように思う。体など必要ないのだ 。ただ思うだけ。それで全てが事足りた。私は常にネットの海にいた。大抵のこ とは知っていたし、識っているからこそ出来ることが沢山あった。






ある日私は大型コンピューターの頭脳として存在していた。私は私から伸びた幾 本もの線を使って、何万というプログラムを組んで防壁を作っていた。まるで積 み木遊びのようであった。






ある日私は兵器として存在していた。大型の戦車だったと記憶している。私の両 腕は沢山の命を奪ったろう。幸いそれは酷く遠い出来事の様に感じた。






ある日私はハッカーとして存在していた。過去自分の組み立てた防壁を崩すこと もあった。何のために壊すのか全く知らないこともあったが、そもそも興味も全 くなかった。









何年も、あるいは何十年も私はそうして存在してきた。どの私もそれなりに充実 していたと思うが、ひとつだけ不便を挙げるとするならば、物理的な移動や変化 を自分の意志で出来ないことだった。何せ体が無かったのだから。









ある日私は本来の脳の姿で、ラボにいた。何人か、私の脳へ直接アクセスをして フリーズをした。いつの間にか私は膨大な情報量を自分の中へ貯め込んでいたよ うた。しかし最後にアクセスしてきた彼女は違った。彼女は、海そのものだった 。




私は捕まった。









「暫く上手く動かせないかも知れないわね」 「うちの鑑識が見つけてきたんだそうだ、あんたの、体があった頃の画像データ 」 「何年前なんだろうな」 「さあな」 「うちで働くには何かと必要なことが多いのよ、カラダ」









ある日私は警察官として存在していた。とっくに忘れてしまったが、昔の、まだ 本物の体があった頃の私を模して作ったらしい義体は女性の態をしていた。カラ ダは酷く重い。




「きっと、長居が出来るわよ。」




ああ懐かしい。 頬に触れた彼女の掌の感触は、あの頃のまま。



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