マヨヒガ

「あー疲れた…」

うっそうと茂る緑に敷き詰められた紅。
開けた場所に落ち葉を踏んで入る。
山奥の廃屋。
薄く埃をかぶった縁側に腰をおろした。
帰ってこない主人を待つ家。

「雨も降ってることだしな。今夜は此処に邪魔するか」

糸のような雨が荒れ果てた庭の柿の実を濡らした。




静まり返っているはずの屋内で絶えない異形の気配。
居間だったらしい床に寝転んで溜まった蟲達を散らす。
暫くすると何処からともなく集まってくる。


『浮き草か』
『ちょいと羨ましくもあるな』


山の主として生きた男の声が蘇る。


「…疲れるだけだがね…」


不意に焚いていた蟲除けの煙が晴れた。

青い着物が目の端に映って身を起こした。

「蟲か」

「出てけ」

少年の片目がギンコを見ていた。
もう片目は硬く閉じられて闇を見ていた。

「随分だなぁ」

最後の煙を吐いて葉巻を潰す。

「別にお前をどうこうってわけじゃねぇし朝になりゃでてくし、そう邪険にしなさんな」

少年の片目に喋りかける。

「…五月蝿いんだ。お前、蟲を呼ぶんだろ」

『ひとつ所に住めば半年でそこを蟲の巣窟にしちまう』

頭を掻きながらギンコが笑う。

「お前も蟲だろが」

「違う」


異形のもの
限りなく生命そのものに近く
姿かたちが曖昧なもの


「今まで何度もお前みたいなのが来た。その度言うんだ…」

『お前は蟲だ』

「俺は蟲じゃない。体もちゃんとある」


ため息をつくと消えていた蟲除けに火をつけた。


「むぅ…」

「残念だがお前は蟲だ。それらの中には人間に擬態出来る奴もいる」

少年が煙から逃れるように縁側から飛び降りた。
雨がまるで彼を避けるように落ちていく。

「或いは気付かないまま蟲になってたか」


雨の中で俯いて動かない青
うっそうと茂る緑
敷き詰められた紅


そしてもう一度煙を晴らす。

「わかってんだろが本当は」

雨に交じって涙が落ちる。

「…五月蝿い」







朝焼けに濡れた草木が光る。
庭におりたギンコを青が見ていた。


「あんまり他の蟲を嫌うなよ。ホントに独りになっちまうぞ」

少年は小さく頷いて家の奥に消えた。







片目の蟲
孤独な蟲として生きる生命体

片目の人間
浮き草の蟲師として生きる生命体



独り


end

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2003/8/31 No.010

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