「あの・・・もしよろしければ、僕とデュエットしていただけませんか?」
唐突な申し入れに、瞬きの回数が思わず増えてしまった。
星野と夜天が二人で訪れたのはつい先ほどのこと。
紅茶を振舞おうとキッチンへ赴こうとしたところ、手伝うと彼が後をついてきたのだ。
「そんな狙いがあってついて来たのね、驚いてしまったじゃない。」
困ったわね、と口では言うものの、その顔はそうでもなさそうだ。
その証拠に、そこの棚からティーカップを四つ取ってくださる?とお湯の入ったポット片手に頼むのだった。
「わたし一人?」
「あ、いえ・・・その、はるかさんには星野が・・・。」
「あら、星野君も骨が折れることね。あの子頑固だから、大丈夫かしら?」
「渋ったらいつもの調子でやってみるといってましたけど・・・。」
「それだったら大丈夫ね。後々こちらが大変なんだけど。」
苦笑しながらカップに注いでいく。アールグレイの茶葉の良い香りがした。
「あれ・・・。」
注いだのは、カップ二つ分。
残る二つは、悪いのだけれど元に戻しておいてくださる?と頼まれた。
「そういうことなら、二人とも今頃きっとピアノルームよ。」
二人の思考と行動パターンを熟知している彼女の言うことには、もはや違いはなかった。
カップの乗ったお盆を片手にいらっしゃい、と促されて向かった先は彼女の自室。
招いてくれるということは、この提案が了解されたという証であろうか。
初めて入るそこに少し緊張しつつ、失礼しますと小声で断って後ろをついて入る。
いらっしゃい、とにこやかにこちらを見て言う彼女を前に、少しばかり頬は染まっているだろう。
瀟洒な雰囲気をただよわせる彼女の城は広すぎず、かといって狭くもなく
暖かな光を放って僕を迎え入れてくれた。
置かれているものは必要最小限といったところ。
ベッドルームは別に、普段いるスペースは居間かアトリエがほとんどだから、こうやって人を招きいれたのは久しぶりよ、と彼女は言った。
「で、夜天君は、どういった曲をお望み?」
僕の考察は正しかったらしい。
嬉しさに胸が躍り、顔に笑みが広がりそうになるのをこらえるのが精一杯。他にまで考えが及ばない。
「あ・・・いえ、何でも・・・みちるさんの曲、とかいかがですか?」
「それはこの間やったでしょう?同じものじゃ面白みがないもの。」
ふと、間をおいて
「・・・あなた、作曲はできて?」
「え?」
「この際だから、作ってしまいましょうよ。」
楽しそうに彼女は微笑んだ。
「え、でも僕・・・。」
三人思っていることは同じだったから、何も考えずただその旋律の流れに身を任せ音を紡いできた。
コンサートをするにしてもスタンスは同じ。
CDとして出した曲はもちろん演奏するが、それ以外はほとんど即興曲。
そんな僕を見て
「作ろうと思って曲は作るものではないわ。同じよ。その空気と流れから綴るものですもの。」
ふい、と一瞬視線を窓の向こうにやる。
胸を打つほど柔らかい笑みを浮かべ、愛しそうに傍らに置いてあった彼女の愛器を引き寄せ、簡単な調律を加え奏でだす。
キラキラと流れ落ちる音符の羅列に戸惑う。ああ、どうしたらこの音に匹敵しうる音を紡ぐことができるのか。
―――流れに沿って、その想いのまま、綴っていくもの・・・―――
そんな、声が聞こえた気がした。
「――――はじまったな。」
「・・・っ!」
言葉にしなくていい、音が届けば
耳にすればきっと、この想いに胸を震わせずにはいられない。
そんな旋律を、この身体全体から貴女に届けることができるのならば
一人だって、きっと歌い続けることができるだろう。
「・・・お見事。」
弓を弦から離し、180度回転させ、お辞儀の礼を取る。
ああ、そう。その表情をこの目にしたかったから
「いえ・・・みちるさんのおかげです。」
あなた、もっと自身に自身を持ったほうがよくってよ。そう、彼女は笑った。
すっかり紅茶は冷めてしまっていた。淹れなおしましょうか?
もちろん丁重に断る。気を使うことないのよ、といわれる。
そうじゃない。そうじゃないんです。
うまく言葉にできないのだけれど・・・
「さっきの曲は・・・即興ですか?」
あっ、と言葉を飲み込む。丁度彼女は紅茶を口に含んだところ。
声の変わりに、すいと人差し指を向ける。向かった先は
「窓・・・?」
失礼します、と覗き込む。見下ろすと、よく手入れの行き届いた美しい庭。
「見上げて御覧なさい。」
そこには、風と共に流れる雲。
「自転車に乗ったなら、風にのって走って、見上げてごらんなさい。雲があたかも自分と一緒に走っているように見えるわよ?
そう・・・今日のように、空と雲がくっきりと映えて、風が強い日は特に。」
彼女が愛しているものは、風。
「そう・・・ですね・・・。」
温かみを失った紅茶を口に含む。
ほら、こうして火照った胸を、冷ましてくれるんですよ。
「今日はありがとうございました。」
「オイ、今度会うまでにちゃんと練習しておけよ?」
「うるさい、さっさと帰れ!」
やれやれ、やはりこの二人にはひと悶着あったか。と二人して溜め息。
二人して、の行動に
少し嬉しくなってしまったのは、僕だけの秘密だ。
「な、なんだよみちるまで!」
「ん、夜天なに嬉しそうな顔してんだ?」
「・・・!!な、なんでもないよっ!!」
「はいはいはいはい、三人とも落ち着いて。」
普段は訪れることのないであろう喧騒。
最後に
またいらっしゃいな
そう言って手を振り、扉を閉める。
手を振り返し帰路に立つ。
それはまるで、わかっていはいるのにそれでも諦められない、僕の淡い恋そのままのような気がした。
夜天の恋心。彼女はそれに気がついている、けれどもやんわりとそれは報われない恋なのよ、と。
優しくて厳しい彼女を書きたかったです。そして切ない夜天くんを書きたかったんです(苦笑)
こんなんですが、今月末までフリーとさせていただきます。どうぞご自由にお持ち帰りください。
サイトに転載する際は作者名を忘れずに。一言ご報告していただけると嬉しいです。
大変時間の空いた更新となってしまいました。これにて三万打記念更新は終了です。
長いお付き合い、ありがとうございました!次回は五万打ですかね?(配布は終了しました)
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