救いない夢だ-------かぎりない障りが
あなたと我が運命を隔てている。
かくて、我が情熱は目覚め騒ぎやまぬが
あなたのこころには、常に安らぎがあるように。




Mellow mellow



「・・・天王さん?いくら暖かくなってきたとはいえ、
 そんなところでうたた寝してしまっては、いくらあなたでも風邪をひいてしまうわよ?」

冬の厳しい寒さがようやくおさまってきた。
今日は気温も十度を超え、暖かい空気が降り注ぐ。

そんな中、冷たいアスファルトの壁を背にもたれかかり体を休めていたら
急に眠気が襲ってきて

上から、優しい彼女の言葉が僕に降り注ぐ。

「ん、ああ、みちるちゃん・・・。」
「いつから眠っていたのかしら?
 その様子だと、かわいい子猫ちゃん達への用事はすっかりお済みになったようね。」
「まぁね・・・。」

どこか棘のある言い方に苦笑しつつ、ヘルメットを片手に立ち上がる。
地面に置き去りになっていたグローブを彼女は拾い上げ、

「忘れ物よ。」

と手渡してくれた。

「ありがとう。」

そう言って、受け取る。
どういたしまして、と彼女は笑う。

「今日のご予定は、すべて終わったの?」
「ああ、今日はただブレークインをしにきただけだからね。」
「ブレークイン?」
「ならし運転のことさ。新品のエンジンは動きが渋いからね。
 最初のうちは回転をあげないようにして、アタリをとるんだ。
 オイル量を多くするのと燃料での冷却を狙って、カブリ気味にゆっくり回して
 それから少しずつ燃料を薄くしながら走行する。
 そうすると、きれいにアタリがでるんだ。」
「だから、今日は本気で走っていなかったのね。」
「ま、そういうことだね。」

だから、子猫ちゃん達のお相手をしている時間が、
今日は疲れていなかったからいつもより長めだったのね、と付け足される。

「なんだよ、今日の君はやけに一言多いんだな。もしかして、妬いてるとか?」

単なる冗談のつもりで言った僕の言葉を聞いて、彼女は意味ありげに笑い、

「そうかもね。」

と答えた。



まだ彼女と出会って数ヶ月、初めての冬を終えようとしている頃のこと。
僕は学校を終えるとすぐサーキットへ行きマシンの調整やテストランに追われ、
夕刻になるといつものように彼女が差し入れを持ってやってくる。

そんな日常がとても幸せで

一週間に一度という少ない頻度で出現する敵と、
ウラヌスとして彼女と共に戦うことにもようやく慣れて

彼女の言葉に幾度となく救われながら、ここまで来た。


彼女はいつだって優しく
彼女はいつだって優雅で
迷いのない瞳で
前へと揺るぐことなく進んでいく。

そんな彼女に、僕は敬愛の念を抱くと共に
もう一つ特別な感情を抱きだしたのも、また事実。

妬いているのかと、軽く言ったつもりの僕の言葉を素直に返されて、
逆にどうとっていいのか、いささか困ってしまったのだ。

「・・・天王さん。」

夕日でオレンジ色に染まっているアスファルトの上を二人並んで歩いていたとき
あんなやり取りを交わした後、いつになく真剣な声で、話し掛けてきた。

「何?」
「私、この街を出て他の街に移ろうと思っているの。
 きっと、この街に妖魔が出現することはもうないわ。
 違うところで、海が荒れている。
 それも今までにないくらい、大きく、邪悪で、そして・・・
 沈黙・・・。」


沈黙。


「!!それは・・・。」

この世の破滅が、近い。

「そう、私たちに架せられた使命が、迫ってきている。
 でも、でも、だから・・・。」

前に立ち、真っ直ぐ僕の目を射抜いてくる。

「あなたにとって、これが、最期のチャンスなの・・・。」

何の?一体僕にとって何の?

「あなたが、セーラー戦士としてではなく・・・」

戦士として、君と共に生きることではなく

「使命にしばられることなく、あなたの本当の夢を、追いかけることができる最期の・・・。」

独りでまた僕も君も独りぼっちになって、生活する日々を

「最期の、チャンスなのよ・・・。」

再び始めろと、いうのか

「・・・もし、僕がここで使命を放り出し、戦士ではない自分に戻りたいと言ったら、
 みちるちゃん、君は・・・どうするんだ?」
「私、はこのままよ。変わらないわ。
 また、独りに戻るだけ。
 大丈夫、あなたと出会うまでそうしてきたのだから、どうってことないわ。
 私のことなら気にしないで、あなた自身の為に決めて。」
「君の、本当の夢は・・・?」
「私の夢、は・・・。」

一瞬、その碧い瞳が揺らぐ。
その手に持つ四弦器に視線が向けられた。
けれどまた、いつもの迷いのない瞳に戻って。

「私に、世界を破滅から救うこと以外の夢は・・・一つも、ないわ・・・。」

そう力強く、また自分自身に言い聞かせるように

呟いた。

「嘘。」

僕は、バイオリンの入ったケースを持つ手ではない方の彼女の手を、
拾い上げた。

「僕には分かる。
 君の手は、音を紡ぎたいと、叫んでいる。
 君にだって聞こえているだろ、その声が。」

そっと口元に持ってきて、甲にキスを落とす。軽く。

「僕は、そんな君の手が好きだよ。」

彼女は、困ったように笑った。

「どうして君がまた独りで苦しまなければならない?
 夢なんて、僕にだって世界を救うこと以外になにもないさ。
 確かにその夢を叶えるためには苦しさやつらさは耐えることなく僕らに襲ってくるだろう。
 でも、それも二人でなら。
 どんな困難にも二人でなら、きっと立ち向かっていける。」

そして、

「僕は、君をもう独りで戦わせたくない。」

破滅の幻影の中で、君が言った。
沈黙を止めることが出来るのは、君と僕。

パートナーだからとか、同じ戦士だからとか、そういうことではなく

君と、一緒にいたいから。
揺るぎない君に、少しでも追いつきたいから。

君のいない世界なんて

「・・・ありがとう、天王さん。」

優しく、微笑んでくれる君のことが

「それ、いい加減やめないか?」

こんなにも

「何を?」

僕の心を占めている

「天王さん。なんか、調子が狂う。
 『はるか』、と呼んで。」
「・・・はるかさん?」
「『はるか』。」
「・・・はるか。」

良く出来ました、というと、彼女はいたずらっぽい笑みをその顔に浮かべた。

「じゃあ、私のことは?」
「え?」
「私は、何ていうの?」
「・・・みちるちゃん?」
「あら、私はあなたのこと呼び捨てにしなければならないのに、
 あなたは『みちるちゃん』?」
「・・・。」

咳払いを一つして、

「・・・みちる。」

大変、良く出来ましたと満足そうに言った。

彼女の名前をこう呼ぶだけでなんだかくすぐったくなってしまう、
そんな自分が

恥ずかしくも、結構好きだったりもする。

いまだ手は繋がれたまま、再び僕らは歩き出した。
何もない、明日へ向けて・・・。







ただひとたび、思いがせまって
眼をあけてあなたをみつめたのだが
その日からは、大空のもとに
あなたのほかのものをながめることはない。

夜半に眼をとざしても、むだである
私の夜は、真昼のようになり
そぞろに立ちあらわれてくる
そのあなたは、夢でしかない。

救いない夢だ-------かぎりない障りが
あなたと我が運命を隔てている。
かくて、我が情熱は目覚め騒ぎやまぬが
あなたのこころには、常に安らぎがあるように。





  もともとは、ホワイトデー小説にするつもりだったのですが・・・
  どこが?って感じですね・・・
  みちるの、『かわいい子猫ちゃん達への用事はすっかりお済みになったようね』
  というセリフは、その名残です。
  本当は、みちるがはるかにバレンタインにチョコあげたとか、
  はるかからのみちるへの甘いホワイトデープレゼントとか・・・
  いっぱい考えていたんですが・・・
  まぁ、手の甲にキスさせたから、いいか・・・なんて・・・
  計画倒れもいいとこです、ごめんなさいでした・・・。
  いまだにラブラブ小説が書けてないのも、悩みの種の、一つでもあります。
  ちなみに時間設定は、はるかとみちるが十番に来る直前、ってとこですね。
  あ、引用した詩は今回もバイロンのもので、
  ・・・?『あるひとに』・・・だったかな?(汗)
  あろで調べます(滝汗)


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