水天一碧



---------------------------------------召集せよ。


頭に語りかけてきた、凛とした高貴なる声。
思わず、目を細めた。

―とうとう、この時が来てしまった。

誰もが予想していなかった事態。
・・・いや、恐らく一人だけ、知っていたのかもしれないけれど。

「・・・あなたで、終わりよ。」

目の前にいる、おぞましい姿をした妖魔に静かに語りかける。
さも聞こえていないかのように、咆哮をあげて突進してきた。
それは、まるで限りない怒りと悲しみを秘めているようで

「・・・深水没!!」





ポイントを、離れる。

それは外部太陽系戦士にとって生涯に一度だけ、許される行為。

そう、終わりが、近い。

振り返り、我が星を仰いだ。
青い青いどこまでも限りなく青い星。

海の星。

今日この時で、お別れ。

「さようなら、ネプチューン・・・。」

自分の名であり、また星の名でもある。
トリトン・キャッスルを中心に、ネレイド、プロメテスといった三つの観測所。
そこで毎日、探した

蒼い煌き。

四弦器を奏でる日々。

いつだって、夢見ていた。

「さようなら・・・。」

トン、と静かに地面を蹴った。
身体がふわり、と浮かぶ。
星の流れに身を委ねて、泳いだ。




「やぁ、久しぶり・・・。」

待っていてくれたの?と聞くと、偶然だよ、と静かに答える。
最後まで格好つけるのね、と言うと、本当だって、と笑う。

こんな、なんでもないやりとりをどれほど夢見てきたことか。

それは、決してこんな日を迎えることを望んでいたわけではないのに。

けれど、逢えたことを純粋に嬉しいと思ってしまうのは、いけないこと?

そう聞くと、大丈夫、僕もそう思っているから、と

片目を閉じてみせる。

ふっと笑みがもれる。
何も言わずに手を差し出してくる、私に向けて。
迷わず、その手をとった。

相変わらず、その手は暖かくて

不意に、涙がこぼれそうになった。

幾年も求めてきた。
ずっと触れたかった。
そう多くは望まないから、せめて、と
ずっと夢見てきたぬくもりが、今この手の中にある。


けれど、そんなささいな幸せも続かず、

天王星を後にして、土星を越えて木星を過ぎ、火星に近づいた時

異変に気がついた。

「・・・戻らなくちゃ・・・。」
「え?」
「戻らなくちゃ、私のポイントに。
 まだ一匹、妖魔が残っているようなの。
 だから、先に行って。すぐに片付けて王国へ向かうわ。」
「そんな・・・。」
「大丈夫、絶対に戻るから。」

まだ何か言いたがっているその口を口唇で封じ、
振り向かないようにもと来た道を辿った。


青い星。
もう戻らないと思っていたけれど
案外早く戻ってきてしまったわね、と静かに笑った。

星に気配は感じられなかった。
となると、残るはキャッスル。
おそらく妖魔は私を探している。
だとしたら、自然と私の馨りが濃い場所に辿り着くはずだ。

彼らには、目がないから・・・。

私がもっとも過ごすことが多かったのは、トリトン・・・と言いたいところだけれど、
実は違う。
トリトンからは見えなくて。

プロメテスではよく四弦器を奏でた。
トリトンでは太陽系外からの侵入者がいないかを監視して、
ネレイドでは・・・

「やはり、ここに辿り着いたのね・・・。」

ネレイドは、私のポイント内では一番小さなキャッスルではあるけれど
一番綺麗に見ることができる場所だったから。

「急所を外してしまったのかしら?」

私の、愛する蒼い星を・・・

「でも、今度は外さなくてよ。」

我が半身とも言える手鏡、ディープアクアミラー。
崇高なる我らが女王から授かって、どれほどの年月が過ぎたことだろう。
それはもうすっかりこの手に馴染んでいて、離れることを知らない。

両手で、掲げた。

青白い光が溢れ出す。

「深海鏡・・・!!」

その時だった。
さっきと同じ、咆哮をもらす。

絶望と、悲しみと、憤りとに彩られた

身体を引き裂くような、叫び声。

それは矢となり旋律となり、私に降り注いでくる。

身体が、手が、心が震えた。

この激情の嵐を
全て受け止め、また受け流せるほどの強さを、

私は持ち合わせてなどいなかった。

気がついた時は、もう遅かった。

研ぎ澄まされた爪を振りかざし迫り来る妖魔を、
払いのけられる術を生み出すには、もはや遅すぎたのだ。

もう、間に合わない。

こんな時に浮かぶのは、守るべき王国の行く末、とか、
私の不甲斐無さへの悔恨、とか、
そういうものではなくて

いつだって、そう、いつだって

風の星を背負う

何よりも愛しい

「これで終わりね・・・。」

あなた。

「・・・天界震!!」

黄金の球体が、風のように私の横を通り過ぎた。
それは迫っていた妖魔をなぎ払い、私から遠ざける。

この呪文は・・・

「ウラヌス!?」
「・・・やぁ、間に合ったようだね。」
「どうして・・・?あなた、先に行ったはずじゃ・・・。」
「知ってた?ネプチューンの"絶対"って言葉に、絶対なんてことはないんだってこと。」

余裕の微笑を浮かべ、近づいてくる。

「・・・知らなかったわ。」

笑顔を作り、こう言うことが精一杯だった。
瞳には、さぞ溢れんばかりの涙が溜まっていたことだろう。

「一人で逝くことは、許さない。」

片手で涙を拭い、抱きしめられた。

そこはとても暖かく、どこよりも居心地が良く

何よりも、守りたい場所だから

「ウラヌス!!」

そう、何よりも守ってあげたかったの

「くっ・・・意外と、手強いんだな・・・。」

例え世界が二人を別つとも

「宇宙剣乱風!!」

どこまでも追いかけて

「消えた・・・!!?一体、何処へ・・・。」
「ネプチューン、危ない!!!」

見つけてみせる

「ぅぁああああ!!!!」
「ウラヌス、なんてこと!!
 ・・・深海鏡射!!!」

何百年、何千年とかかろうとも

「怪我・・は・・・?」
「私なんかよりも、自分の心配をして!!
 傷が深すぎる・・・。もう、どうして・・・どうしてこんな真似を!!?」
「君が・・・無事なら、それで、いいんだ・・・。」
「駄目よ、許さない!!
 あなた、言ったじゃないの、先に逝くことは許さないって!
 私だって、同じ気持ちだわ!私より先に逝くことは許さない!!」
「君が、僕の生きる証だから・・・
 君だけが、僕の道標だから・・・
 月の、行く末、とか、この世の、終わり、とか、僕には重要でなくて・・・
 ただ、君の存在だけが、僕にとって掛け替えのない、も・・の・・・。」
「ウラヌス、ウラヌス・・・!!
 駄目、目を閉ざさないで!!!!」
「君が、好きだったから・・・
 何よりも、君が、愛しかったから・・・。」
「駄目、駄目・・・!!いや、いや・・・
 いやぁぁぁぁああ!!!」







あなたのもとへ、戻ってくる。

だから、あなたも私のもとへ、帰ってきて?

これは、絶対。

私の中で、唯一の絶対。












「・・・みちる?」

後ろからいきなり抱きすくめられて、思わず声をあげてしまった。

「は、はるか!??
 ど、どうしたの、いきなり・・・。」
「そっちこそ、なんだよ・・・。
 遠くを見つめてるような目をして、僕なんかちっとも見えてないようで・・・。」
「そ、そんなこと、ないわよ。」
「うそ。」
「本当よ。」
「うそ。」
「本当です!」
「うそだ。」

まるで、小さな子供のようなその物言いに
ため息を吐きつつも少し、笑みがもれた。

「本当よ。
 ただね、少しだけ昔のこと思い出してしまっただけなの。」
「・・・僕じゃない、誰かとの?」
「そうかもね。」

何も言わない代わりに、抱きしめている腕に、更に力がこもった。
その暖かい腕に、そっと手で触れた。

「冗談よ。ちゃんと、あなたがいるわ。」

いつだって、私はあなたの隣にいるもの。

そう言うと、くすぐったそうに、私の髪にその顔をうずめた。



少しだけ、そう、この現世で出会ってから少しの間、
愛することに臆病になっている私がいた。

でも、今は迷いなくあなたを愛してあげる。
前世への悔恨はなかなか消えて癒えることはないけれど、
私が持つ力全てを使ってあなたを守り抜く。

空と海が交じ合うことは永遠にないけれど
せめて、いつまでも傍にいさせて欲しいから。





 当初は、もちょっと分かりやすいものにするつもりでした・・・が・・・
 私はどうも「普通」の小説が書けない模様(苦笑)
 秘め事のみちるバージョンでほのめかした悔恨らしきものを書きたかったんですけど・・・
 私の中では、前世に先に逝ってしまったのはウラヌスの方ではないかなー、とか
 思ったわけです。
 しかもネプチューン庇って。
 だから最後までみちるさんははるかを覚醒させることに躊躇いがあり、
 かつタリスマンが出現するまで、はるかに対して覚醒させてしまったことに対する色々な感情がついて回ったのではないかと思いました。
 ま、この小説の時間設定は、タリスマンが出現した後なんですけどね・・・。
 にしても、みちるさん一人称ってムズカシー・・・(涙)


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